になるので、N医大に限らず他に希望する病院
があれば遠慮なく言って下さい。紹介状を書きます。」と言われて、一瞬
迷ったが、他に懇意にしている病院もなく、また当初からH先生を信頼し
ている関係もあり、躊躇することなく「その気はありません。」と即答。
いよいよ来るものが来たか!!!思えば36年程前、父が胃がんに冒され
苦しみながら他界したことがあったが、ついこの間のように思える。
それ以来、母、そして姉、妹と相次いでガンで亡くしてきた。
いずれも手遅れであった。
「そして5人目は俺か、違う、あの時と違う、時代が違う!!!それに
俺は男や、ガンぐらいに負けられん、ガンと闘うのは俺しか居らん!」
以来、あれやこれやと思えば思うほど眠れぬ夜が続いた。
昼はできるだけ体力を使い、夜はお酒の力を借りては寝ることにした。
幸いにして早期発見の部類に入るとのこと。
その上、巡り合えたこの優秀な先生方の力を借りて、なんとか生き抜き
たい。
そして今後、ガンとは手を切りたい、いや、絶対に切りたい。
毎晩のように夜中に目が覚める。
そして正座しながらひとりごと・・・「俺はガンぐらいに負けるもんか!」
なかでも孫の事、家族の顔、顔、親戚、友達、隣組の人達の顔、顔、顔
が入れ替わりに浮かんでくる。
11月19日
呼吸器内科のH先生から呼吸器外科のT先生に廻された。
二言三言会話しているうちに手術を受けることになる。
「煙草を吸っておられるようですが、手術されるなら今日から止めて下
さい。」とすべて取り上げられ、今に至っている。
11月26日
T先生の勧めでT病院でPET(ペット)検査を受けることになる。
これは、肺以外の他の部位にガンが転移していないかを調べるものであ
るが、このレントゲンは関西方面では3台しかなく、その内の1台がここ
にある。
事前にブドウ糖を静脈に注射し、1時間後に体内に薬液が廻るのを待ち
レントゲン撮影を約30分して検査が終わる。
11月27日
T病院のレントゲンの結果、肺以外に転移していない事を確認。
(良かった!!!)
12月2日入院、12月8日手術と日程が決まる。
簡単に入院といっても、妻や周囲の人々も大変大変、家族や親戚のあり
がた味がよく解る。
病 名) 左肺腫瘍(下葉)
手術術式) 肺葉切除+リンパ節郭清術(左下葉)
全身麻酔、硬膜外麻酔(麻酔科医師による)
所要時間) 約4時間
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要約すると肺ガンには、
1)扁平上癌 (圭司の場合はこれ)
2)腺癌
3)下部細胞癌
4)小細胞癌
以上の4種類があり、1〜3までは手術で切除
できるが、4になると手術ができず、抗がん剤に頼ることになるとの事。
12月2日
家を出る前に仏壇に向かって「今から行ってきます。どうか生きて帰れ
ますように、おまもり下さい」。
Rちゃんの車で3人で病院へ。
以来、毎日検査検査の連続と主治医、麻酔医の説明が続く。
12月8日
いよいよ手術・・・自分は何も判らない。
何も知らぬ間に4時間あまりで予定通り左肺下部を切除。
あと順調に回復して・・・
12月23日 【退院】
退院前の説明では(圭司本人と親族を前に)「今のところリンパ腺によ
る転移も認められず良かったと思うが、念のため補助療法として、経口抗
がん剤(VFT)を1年間服用して様子を見ましょう。ごく軽い薬なので副
作用はないと思う。この他にTS−1と言うのがあるが、それはまた様子
を見ながらのことにしよう」とのこと。
平成16年2月、手術から僅か2ヶ月で
長浜から彦根へのウォーキングに参加
して、元気よく歩かれる姿。
(管理人)
*おわりに
「運が良くて早期発見」と言う表現が適当かどうか別として、今入院し
ている人、また過去に手術をして今静養中の人に色々聞いてみると、自分
のような人間は極く少ない。
先生からも「肺ガンの場合は特に自覚症状が少ないので、気が付いた時
には既に進行していて、かなり進んでいるか、手遅れの人が多い中で、あ
なたの場合、極く早期の状態で見付かっており、患者の中でも進行率10%
未満に入ると思う。」とのこと。
親から70年前に健全な身体でこの世に送り出してもらって以来、どこひ
とつ弱いところなく、またこの間、風邪で休む事もなく未だ盲腸も残して
いる健康体でありながら、この大病に侵されたのは、約50年間も吸い続け
てきたタバコによるものと反省している。
また、何と言ってもK診療所のB先生やY先生、そしてD病院のH先生
とN医大のK、T、N各先生の優れた腕と、真剣で誠意ある態度に感謝を
忘れてはならないと思う。
6月8日で手術後丸6か月が経過しました。
この間、皆様方から寄せていただいたご厚志に対し、厚く厚く
御礼を申し上げます。
今では、平素と殆ど変わらない生活に戻っておりますので併せ
てご報告させて頂きます。
平成16年6月吉日 松 本 圭 司
